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東京高等裁判所 昭和45年(う)733号 判決 1970年9月22日

被告人 高原武

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

原審における未決勾留日数中一二〇日を右本刑に算入する。

ただし、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審および当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

(控訴趣意)

弁護人渡辺千古同吉川孝三郎共同提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する検察官の答弁は、東京高等検察庁検事丸山源八提出の答弁書記載のとおりであるから、それぞれこれを引用する。

(当裁判所の判断)

一、弁護人の控訴趣意第一点の一について。

所論は、「昭和二五年東京都条例四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」(以下「都条例」という。)二条は憲法二一条に違反する旨主張し、その理由を開陳する。

憲法二一条の規定する集会、結社および言論、出版その他いつさいの表現の自由が、侵すことのできない永久の権利、すなわち基本的人権に属し、その遺漏のない保障が民主政治の基本原則の一つであることは、言うまでもない。しかし、「都条例」が規制の対象としている道路その他公共の場所における集会、もしくは集団行進、および場所のいかんを問わない集団示威運動(以下、「集団行動」という。)は、直接な対外的行動力をともなわない言論、出版などの場合とはことなつて、現在する多数人の集合体自体の力、つまり潜在する一種の物理的力によつて構成支持されていることを特質とし、かような潜在的な力は、ときに、あるいは予定された計画に従い、又は予期せざる突発的な事態によつてややもすれば容易に発揚顕在化され昂奮激昂の情のたかまるにつれ、ついには憲法の保障する表現の自由のらちを越えた暴力の行使ともみられる様相を帯び、勢いの赴くところ、当該集団行動の指揮者はもち論警察力をもつてしても如何ともなしがたいような事態を醸成することによつて、表現の自由と同じく公共の福祉の基幹であり、民主政治の支柱であるべき法と秩序をみだし、ひとしく各自の思想、信念の自由が保障されていなければならない一般地域社会の住民又は通行人等に深刻な不安、焦慮の念を抱かしめる恐れなしとはいえないのである。各地方公共団体が集団行動による表現の自由に関し、いわゆる「公安条例」をもつてそれぞれの地方的情況その他諸般の事情を十分考慮に入れ、集団行動にともなう恐れある不測の事態に備え公共の安寧、福祉を保持するため必要最小限度の措置を講ずるゆえんも、またここにあるものと考えられる。

ところで、都条例二条は、「集団行動」の主催者に対し、当該「集団行動」を行なう日時の七二時間前までに所要事項を記載した許可申請書三通を開催地を管轄する警察署を経由して提出すべき義務を課しているが、これは、前記「集団行動」の本質にかんがみ、それが行なわれる目的、日時、場所、進路、参加予定人員その他主催者の住所、氏名等を事前に知しつし、公安委員会が当該集団行動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合にこれを不許可にすることはやむを得ないとしても、それ以外は必ずこれを許可しなければならないとする条例の建前にもとづき、これら「集団行動」の実施によつてひきおこされる恐れのある不測の事態に伴う混乱に対処する見地から、「都条例」三条に規定する諸事項に関する必要な条件をつけるべきかどうか、もしつけるとすればどのような条件にすべきか等を検討するとともに、合わせて相当な警備計画を立案し、これにもとづく所要の準備態勢をととのえるためのものと思われ、そして、この許可申請の時間をできる限り短縮することの望ましいことはいうまでもないが、現下東京都内における人口の稠密化、住宅その他の建物の密集化、交通量の激増、集団行動の規模、態様および実施頻度、その他諸般の実情からみて、この七二時間前という制限をおくことも、けだし、必要やむを得ないところと考えられるのであつて、これあるがゆえに「都条例」二条が、表現の自由、を不当に侵害する違憲の規定である、と解することはできない。なるほど、右「都条例」には、所論のいうような突発的で緊急かつやむを得ない必要によつて行なわれる集団行動についての例外規定が設けられていない。しかし、前記のような理由によつて集団行動そのものの本質上、それに対するある程度の規制措置を講ずることもやむを得ないとの見解をとる以上、所論のいわゆる例外規定を設けることは必ずしも妥当なものとは思われず、この種の問題は、むしろ一般法理論による解釈に委ねてしかるべきものと考えられるのであつて、「都条例」二条に右の例外規定がないからといつてこれがため、その規定が、国民の表現の自由の機会をいつさい奪い去つてしまう危険性を内包し、ひいては憲法二一条に違反するという所論の見解には賛同することができない。論旨は理由がない。

一、同第一点の二、三について。

所論は、かりに「都条例」二条が憲法二一条に違反しないとしても、本件のように、突発的なできごとに対して緊急性を要し、やむを得ない事情のある場合にも、右「都条例」二条を適用するのは、同条の運用上憲法二一条に違反するものであり、かりにしからずとしても、被告人およびその他の者らの行なつた本件集団行動そのものは、たとえ、それについて、主催者の許可申請がなされなくても、違法性が阻却される、と主張する。よつて検討するに、東京大学安田講堂などが一部学生らによつて占拠され、東京大学学長代行加藤一郎の退去命令にもかかわらず退去しなかつたため、同代行の要請により警視庁警察機動隊が導入され右学生らの排除活動が開始されたのが昭和四四年一月一八日朝であつたことは明らかである。しかし、当初から東京大学当局の意向を無視して学生らが安田講堂の占拠を続けようとしていた以上、結局は早晩このような事態にたち至るであろうことは、それを好むと好まざるとにかかわらず、社会常識上当然予想され得たところであつて、これをもつていわゆる降つて湧いたような突発事であるというのは、必ずしも当を得た見解とは思われない。そして、また、同日午後五時ころ、における東京都文京区湯島一丁目五番四五号東京医科歯科大学医学部付属病院正門前付近路上のできごとをふくむ神田界わいにおける学生らの無届集団行動が、右東京大学構内への機動隊の導入に対する激しい怒りと強い抗議の意思を表明する緊急の必要にもとづくものであるとの理由で、その違法性が阻却されるものと速断することはできない。すなわち、この集団行動をはじめるについては、その主催者において、たとえ七二時間前までにという制限を遵守することはできないにしても、ともかくできる限り早期に所轄警察署を通じ東京都公安委員会に対し「集団行動」の許可を申請し、あるいは可及的にその行動を自しゆくするなどという誠実真摯な配慮と努力がなされた形跡が窺われないばかりでなく、かえつて、その集団行動に参加した学生らの多くは、当初から、警備の任に当たる警察官に対し徹底的な抵抗を試みる意図のもとに、あるいはあらかじめ準備したヘルメツトをかぶり、又は石塊、角材等を用意し、さらには道路上いつぱいに机や自転車を持ち出してバリケードを構築し、警察官に対して激しい投石をくり返して、相当数の負傷者を出すに至らしめ、しかも、なお、警察官と一進一退を続けて過激な行動をかさねるなど、その様相は、むしろ東京大学安田講堂にたてこもる学生らを側面から支援するため国電お茶の水駅方面に混乱状態を作出し東京大学に向かつた警視庁機動隊の力の分散削減をはかつたものとみられてもやむを得ない状況を呈していたことが関係証拠によつて認められるから、この集団行動に対し「都条例」二条を適用するのは憲法二一条に違反するとか、あるいは本件のばあいには「都条例」二条による許可申請をしなくても違法性を阻却される、という所論には、同調しがたく、当審における事実取調べの結果に徴しても右結論にかわるところはないから、警視庁警察官らがこれら学生の集団行動の制止に当つたのは当然であつて、これをもつて違法な職務執行である、ということはできない。論旨は理由がない。

一、同第二点の一について。

論旨は、原判決は、被告人の本件行為の認定にあたつて証人山崎建夫の当公判廷における供述を証拠として援用しているが、同証人は、僚友である警察官の違法行為をかばいかくすため故意に虚偽の証言をしており、これはひいてその証言の全般にわたつて信ぴよう力を減殺するものであるから、このような証言を証拠として採用することは違法であり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

おもうに、被告人が逮捕された際か、あるいはその直後ころ、その頭頂部に加療約五日を要する挫傷を負つたことは疑いがない。ところが、この負傷がいつ、どのような原因によつて生じたものであるかは、必らずしも明らかにされているとは思われない。すなわち、この点について、被告人は、本件によつて逮捕された直後、前記山崎建夫警察官に連行される途中、うしろの方にいた警察官のため警棒で殴られ負傷した、といい、所論もその旨を主張しているが、一方右山崎建夫は、原審において証人として、同人が被告人を逮捕した時に被告人は転倒し、着用していたヘルメツトがぬげ落ちたから、その時前方付近にあつた鉄製の馬(柵)に頭をぶつつけて傷ができたのではないかと思う、と述べている。そして、なお、右のほか、被告人は、原審公判廷において、自分が逮捕され連行される途中、うしろの方にいた警察官に殴られたら、山崎建夫警察官が「その人はけがをしているからやめろ。」と言つていた、という相当具体的で、かつ、微妙とも思われるような供述もしているが、それだからといつて、右山崎警察官の洩したというその言葉の意味が、被告人が逮捕の時転倒して負傷しているからという趣旨なのか、連行の途中それまでの間に他の警察官から受けた暴行によつてけがをしているというふくみなのか、必ずしも明らかでないので、いずれにしても、被告人の右負傷の原因を確認するに由なきものといわざるを得ない。したがつて、所論のいうように右山崎証人の供述を一概に虚偽のものとして排斥し去ることは、必ずしも当を得たものとは解しがたいばかりか、被告人の本件犯行を現認したとして同人を逮捕したのは右山崎警察官であり、そして、被告人みずからの述べるところによつても、自己が山崎警察官に逮捕された直後に殴打を受けたのは、右山崎とは直接関係のない別の警察官によつてであるというのであるから、被告人の負傷の原因が山崎証人の供述のみによつてはいまだ十分に確認することができないからといつて、そのことから必然的に被告人の犯行そのものについての同証人の証言に信ぴよう力がないという結論になるものとは思われない。そして、この部分についての山崎証人の供述をできる限り慎重に吟味してみても、それが措信しがたい作為的な供述であるとして信ぴよう力がないものである、ということになるわけの疑いは見出だし得ないから、被告人の本件犯罪事実を認定するにあたつて、右証言を採用した原判決に違法の点はなく、論旨は理由がない。

一、同第二点の二について。

所論は、原判決は、警察官らが本件集団行動等を規制阻止するにあたつて催涙ガス弾筒を発射使用したことを違法でないと認定し、本件警察官らの職務執行行為は適法であると判示しているが、右原判決は催涙ガス弾筒の作用効果についてその事実を誤認したものであり、この誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかである、と主張する。

なるほど、本件犯行当日、警察官らが本件現場付近、すなわち、神田お茶の水駅周辺における集団行動に伴なう投石等の行為を制止するためいわゆる催涙ガス弾筒(催涙弾頭操作器具)を発射使用したことは、明らかである。そして、関係証拠によると、この催涙ガス弾筒なるものは、元来その発射によつて一時的な催涙功果を発揮させることを主眼として考案された器具であるが、同時にまた、これを近距離から直撃すると、ベニヤ板を貫通するような相当の被害を与え、さらに、このガス弾にふくまれるクロルアセトフエノン(CN)の粉末と水が混入して身体に付着したばあいにこれをこすつたりすると皮膚に炎症を起すなど危険を伴うことにかんがみ、警察当局においても右催涙ガス弾筒ならびにこれを発射するガス銃等ガス器具の取扱いについては、警察庁訓令をもつて、少くとも射角三〇度以上で撃つこと、至近距離からの発射を行なわないこと、警察官職務執行法五条所定の要件だけでは足りず、なお、実質的に同法七条の要件をもみたすようなばあいに使用すること等、いわば武器に準じた慎重な取扱いをするよう指導していたことが認められるばかりでなく、このガス銃は、機構的に水平撃ちはできないようになつており、右両者相まつて、一時的催涙効果―このほかに、発射音による威嚇力も若干伴うようではあるが―以上の被害を与えないよう可及的に配慮されていたことが窺われ、記録を精査し加えて当審における事実取調の結果によつても、本件のばあいにおけるガス弾筒の使用が、右指導方針に違反してなされたことを窺知するに足りる証跡はなく、また、右ガス弾筒を発射した結果皮膚炎等の被害を受けた者があることを推認させる証左も確認されない。してみると、前記のように、本件現場付近、すなわち、お茶の水駅周辺における集団行動の際、これに参加している学生らから激しい投石を受け、そのため、右現場において職務執行中の警察官の中から相当数の負傷者も出る状況のもとにあつて、これらの学生の違法行為の制止、検挙のため右のようにガス弾筒を発射したのも、警備の必要上まことにやむを得ないものがあつたと思料され、しかも、そのガス弾筒の使用方法そのものについても、前記のとおり、格別違法と目すべき点が認められない以上、ガス弾筒を発射使用したこと自体のゆえに、ただちに本件当日における警察官の職務執行行為が適法性を欠くに至つたものとする見解にはにわかに左祖することができない。原判決には事実の誤認や法令の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

一、同第三点について。

論旨は、被告人を懲役六月の実刑に処した原判決の量刑は著しく重きに失し不当である、というのである。

おもうに、被告人の本件犯行は、千葉大学園芸学部四年に在籍する学生で、いわゆる革マル派全学連に所属する被告人が、東京大学当局の要請により多数の警視庁警察官が、同大学構内の安田講堂等に立てこもる学生らの排除活動に入つたのを知つてこれを不満とし、右学生らの支援と警察官の排除活動に対する抗議を標ぼうするため参集した多数の学生らと共謀のうえ、原判示東京医科歯科大学医学部付属病院構内の正門付近から、同正門前付近路上で多数の学生らによる違法行為の制止、検挙の任務に従事していた警視庁警察官らに対し多数のコンクリート塊を投げつけて暴行を加え、右警察官らの前記職務の執行を妨害した、というもので、それ自体軽視しがたい悪質な違法行為であるばかりでなく、原審における被告人本人の供述によつてもその思想、信念に格別推移の跡も認められないから、今後ふたたび本件のような行為をくり返えす恐れがないとはいえないとの判断のもとに、原審は、被告人に対し、きびしい実刑の判決をもつて臨んだものと推察される。もし、そうであるとすれば、これは、それ自体として、もとよりすじの通つた見解である。しかし、さらに記録にもとづき、まず被告人の行為そのものの態様を具体的に見てみると、被告人が「多数の学生らと共謀のうえ、……警視庁警察官らに対し、多数のコンクリート塊を投げつけ」た、と認定されることはやむを得ないとしても、その共謀は、いわゆる現場共謀の域を出るものではなく、また、被告人自身としては、たまたまその周辺に散らばつていた手の平に入るくらいの石あるいはコンクリートの塊を拾つて五~六回、いわゆるオーバースローの格好でこれを警察官らのいる方向へ投げた程度で、一〇分足らずの間にすぐ逮捕されてしまい、その投げたコンクリート塊などが果して警察官らに命中したかどうかも明らかでないことはさておくとしても、とくに、被告人を同じくその場に居合わせた多数の学生らの指導者と目すべき証左もない。それに、それまで、被告人がどこで何をしていたのか全く不明であるし、また、被告人が所属しているという革マル派全学連における被告人の地位および活動状況も明らかにされていない。もとより、原審において検察官は、被告人に対し、「被告人は一月一七日にはどこにいたのか。」、「東大構内にいて、東大総長から退去命令が出たので、出たのではないか。」、「一月一八日の行動について、何時にどこにいたかを話してほしい。」、「この日、被告人は先頭部分にいて、機動隊に石を投げたりしたのではないか。」、などと質問しているが、被告人は、いずれも黙秘して答えない。黙秘しているからといつてそれを被告人の不利益に解釈することの許されないのは今さらいうまでもないし、また、被告人がヘルメツトをかぶり手袋をしていて、その手袋がよごれていたということから、本件以外にも同様の投石行為をくり返えしていたものと推断するわけにもいかない。それに、被告人は、これまでに軽犯罪法違反の罪や公安条例違反の罪、公務執行妨害罪により昭和四三年の二月と一二月に二回逮捕されたことがあるほかは格別の前科歴もない。そして、他方、被告人の思想、信念そのものに特段の推移の跡が認められるとまでもいえないことは、さきにも触れたとおりであるが、それにもかかわらず、被告人が、同じく原審公判廷において、学生大会というような「大会を暴力でぶちこわすという反日共系の暴力学生がしている暴力主義には限界があり、これにもついて行くことはできない。」、「暴力によつて国家権力をこわすということを目的としているのは不可能であると考える。」旨を述べいることや、また、当審公判廷において、「自分は、現在、なお、千葉大学園芸学部に在学中であるが、同校卒業のあかつきには農業高校の教師か農業技術指導員になり、社会人として責任ある生活を営みたい」意向である旨を明らかにしていることなどを考慮すると、被告人が現在なお抱懐している思想、信条それ自体の当否は別として、将来ふたたび本件のような軽卒な行動をくり返えさない蓋然性もけつして少なくはないと思われるのである。

このように事を分けて考えてくると、この際被告人に対し一気に実刑を科するよりも、むしろ、相当期間その刑の執行を猶予し、被告人みずからが、今後の抱負として述べているような責任ある社会人としての生活の途を歩む機縁をひらくことが、本件具体的事案の処置として刑政上最も妥当なものと考える。この意味において原判決の量刑は、重きに過ぎるものとして、これを破棄するのが相当であり、論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従つて当裁判所は、さらに次のとおり判決する。

原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は刑法九五条一項、六〇条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入し、前記のような諸般の情状に鑑み、刑法二五条一項により本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、原審および当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

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